韓国でも「おうち英語」は人気ですか?
韓国の小学校に英語が教科として導入されたのは1997年。子どもの英語はとても人気です
韓国の小学校への英語導入と課題
Choi, N., Kim, T., Kiaer, J., & Morgan-Brown, J. (2020). Mothers’ educational beliefs and preschoolers’ English learning attitudes: The mediating role of English experiences at home. SAGE Open, 10(4), 1–11. https://doi.org/10.1177/2158244020970231
文部科学省、「参考資料4-1暫定版 韓国における小学校英語教育の現状と課題」、2018年
澁谷鎮明・舛山誠一・伊藤裕子・中野智章・財部香枝、「韓国英語村調査報告-日本からの語学研修・フィールドワークの可能性-」『中部大学教育研究』 2014年№14, p.81-86
カレイラ松崎順子、「韓国の英語教育における格差とその対策」『東アジアへの視点』2014 年 25 巻 1 号 p. 17-25
八田玄二、「韓国の小学校英語教育導入の経緯:日本の場合と比較して」『椙山女学園大学研究論集 人文科学篇』2007年38号p.13-22 (順不同)
韓国での「おうち英語」に触れる前に、まずは韓国における英語科授業の必修化の経緯や過熱する英語教育と「教育格差」、その対策などについてざっくりみてみましょう。
韓国の小学校への英語導入
韓国の小学校における英語教育の歴史は日本に比べて長く、1981年には第4学年以上の児童に「特別活動」として導入が試みられました。その後1994年のWTO(世界貿易機構)への参加がきっかけとなって1997年に第3学年の正規科目となり段階的に必修化されました(文科省, 2018, p.2)。
必修化にあたっては賛否両論ありました。例えば「母国語に対する理解も完全でない状態で国家観の獲得の障害になる」という反対意見もあれば、「グローバル化時代到来に対応するうえで、必然的に英語を習得しなければならなくなっている、外国語習得は経験上早ければ早いほど効果がある」という賛成意見もありました(同, p.2)。
1995年に韓国教育開発院が保護者を対象に実施したアンケートによると、80%の保護者が「就職に有利」「国際化社会に必須」として英語を正規教科とすることに賛成し、英語科の導入に好意的でした(同, p.2)。
効果的な英語指導には欠かせない人材の確保も計画的に行われています。1995年から毎年100名~200名のネイティブ・イングリッシュ・スピーカーを招聘して補助教員として授業に活用しています(同, p.14)。
韓国では、正規の教員免許を持つ教員のみが授業を担当できるため、現職教員へ英語研修をしたり、教育系大学で新たな人材を養成するなど、英語科必修にあたり人材確保のためのさまざまな取り組みがなされています(同, p.15)。夏季休暇を利用した現職教員への英語研修は20日間参加で6万円から8万円の研修手当が支給されることは、教員のモチベーションを高めるインセンティブにもなっているようです(八田, 2007, p.16)。
『英語格差』が課題
さて韓国ではWTOの加盟をきっかけに英語教育が注目されたのですが、その後「早期英語教育」(early English education=yeongeo jogi gyoyuk ヨンオ・ジョギ・キョユク)が過熱して、小さい子どもが留学する「早期留学」(early study abroad=jogi yuhak ジョギ・ユハク)が人気になっています。
しかし、この早期留学が私教育費の増大を招くことになり、近年大きな社会問題になっています(文科省, 2018, p.22)。また、母子が留学中、父親のみが韓国に残留して生計を支え、年に数回だけ妻子の元を訪れる「(渡り鳥の)雁のお父さん」(literally “goose dad”=gireogi appa キロギ・アッパ)となり、なかには孤独死や自殺をはかる父親がいるなど悲惨な生活実態が明らかになるにつれて、早期留学に対する批判も高まってきました(松崎, 2014, p.19)。
このような、早期留学をはじめ親の所得による英語教育の格差が社会問題として注目されるようになり、政府や自治体が解消に向けて積極的な対策を講じています(同, p.19)。とりわけ以下の5つの取り組みが良く知られています。
『英語格差』を解消する5つ取り組み
経済的理由による英語教育の格差を是正すべく、韓国では2000年頃から政府や自治体がさまざまな対策を立てています。
その1:英語村(イングリッシュ・ビレッジ)
2004年に首都ソウルのある京畿道(Gyeonggi-do キョンギ・ド)州に知事の公約で初めての英語村が出来たのを皮切りに、2011年の調査では韓国全土で32の英語村の施設の存在が確認されています(松崎, 2014, p. 20)。
社会問題になっていた早期留学の過熱緩和と経済的理由で海外留学が出来ない家庭の子どもたちのための国内留学施設として英語村は地方自治体が設立した(松崎, 2014, p.19)、準政府事業(quasi-governmental)です(Choi, Kim, Kiaer, & Morgan-Brown, 2020, p.2)。
英語村ではすべてを英語でこなさねばならず、郵便局や銀行、警察、ショッピング、レストランなど日常生活に必要な施設が整備されているため、プチ留学が体験できることがウリのようです。当初は小学生から高校生までが利用者として想定されていましたが、現在では日本、タイ、(2014年調査当時は)ロシアなど海外からの大学生や社会人の研修も広く受け入れています(澁谷ほか, 2014, p.82)。
韓国人を対象にしたプログラムには二種類あり、日帰りの”One day program”と、宿泊を伴う”Courses”が用意されています。日帰りは幼児や小学生、家族連れが対象で、工作や料理などが主なアクティビティになっています。一方のCoursesは小学生から大学生、一般社会人、英語教師が対象で、単なる英語レッスンではなく、グループ・アクティビティで舞台劇の発表練習をこなすなどの課題に英語で取り組むことが求められるようです(澁谷ほか, 2014, p.81、松崎, 2014, p.21)。
すべてが英語であるはずの英語村での研修ですが、実際には「設立当初の英語のみを使用するという理想とは程遠く」レストランでの食事の場面をはじめ英語が使われないケースが散見されるのが実情ではありますが、それでも早期留学の代替手段として活用されています(松崎, 2014, p.21)。
また、本格的に海外に留学する前のお試しとしても英語村は使われていて、英語のみの環境で過ごせるかを試す「留学の入門編」としても知られています。
日本の英語塾がサマーキャンプをするために子どもたちを引率したりもしているようですが、費用面は「(日本から)近いわりに高い」という日本の大学生の感想も載っていました(澁谷ほか, 2014, p.85)。
その2:夏休み英語キャンプ(学校の空き教室を活用)
近年問題視されている早期留学や費用かかなり掛かる英語村の代替案として、地方教育庁が主導する「夏休み英語キャンプ」が導入されました(文科省, p.22)。
学校の空き教室を利用するため受講料も低額で低所得者児童には無料で提供されるため、2005年の参加者は2万2千人弱でした(同, p.22)。期間や内容はさまざまで、最高10万円程度の参加費になる場合もあるようですが、ネイティブ・イングリッシュ・スピーカーを非常勤講師として招聘して児童のレベルと都合にあったプログラムの内容を選択できるのがポイントです。
学校の施設に泊まり込みで、朝6時半から夜9時半まで次から次へと密度の高いカリキュラムをグループ活動でこなす英語漬けの生活は、かなりスパルタの内容となっています(同, p.23)。
その3:放課後学校(特技・適正教育)
塾などの費用を抑えて私教育費を軽減するという社会経済的目的のために導入されたのが「放課後学校」です(松崎, 2014, p. 21)。文科省の報告書ではこの「放課後学校」を放課後の空き教室を利用して実施される「特技・適正教育」と呼んでいます(文科省, 2018, p.21)。
1995年頃から、塾などで行う授業を学校内で安く受けられるようにと放課後に学校施設を開放して希望者を対象に自己負担で行っている取り組みですが、本人が通学していない校舎の「放課後学校」にも参加が出来るシステムになっています。
2009年頃から高校生の70%がこの「放課後学校」を利用していて、小中学校の児童生徒も実に50%が活用しています(松崎, 2014, p.21)。多くの児童が利用する理由の一つは、1997年の英語の正規科目としての導入当初は週に2時間(1コマ40分)であった英語授業が、2001年から小学校3年生および4年生では1時間に減少したこともあるようです(文科省, 2018, p.2)。
次にご紹介する韓国教育放送公社(Korean Educational Broadcasting System:EBS)が「放課後学校」のために作った教材も2011年から放課後の空き教室を利用して実施される「特技・適正教育」で提供されています。
その4:インターネット講義と配信 (EBSi)
英語教育の格差是正のために近年韓国政府が特に力を入れているのが、韓国教育放送公社(Korean Educational Broadcasting System:EBS)による教育番組の提供です(松崎, p.22)。
2004年からはEBSの衛星放送のEBSiで大学受験用の大学修学能力試験(日本の大学入学共通テスト)のための配信が始まりました。
2009年には修学能力試験のおよそ7割がEBSiの配信から出題されることに変更になったため、無料のインターネット講義と衛星放送の配信は広く活用されています。英語の講義だけでも162種類(高3と浪人生向けが68、高1と高2向けが88、大学別対策講義が6)も用意されていて、私教育費の削減にも貢献しています(松崎, 2014, p.22)。
その5:英語専門テレビ放送 (EBSe)
衛星放送EBSiの配信に加えて、2007年にはEBSは英語教育専門チャンネルとして衛星放送でEBSeの配信を開始しました(松崎, 2014, p.23)。番組は2014年の調査当時、幼児向け(30番組)から小学生(75番組)、中学生(65番組)、高校生(13番組)、父兄向け(40番組)、教師向け(11番組)など多岐にわたっています。
教師向けのプログラムには授業で使う想定のSEL(School English Level)が多数用意されていて、フォニックスから語彙、文法、リーディング、スピーキングなどさまざまなレベルのプログラムが制作されています(同, p.23)。
2011年には前述の「放課後学校」(特技・適正教育)のための教材である「EBS English 放課後英語教室」もEBSは開発運営をしています。正規の授業と連携した細やかにレベル分けされた内容で、児童や生徒が試験にパスすれば先に進めるシステムのようです。
また、長期休暇用の特別プログラムも別途用意されていて、なおかつ習得したいターゲット別にフォニックス,英会話,英作文,および語彙の練習プログラムも準備されている充実の教材のようです(同, p.23)。
韓国教育放送公社(Korean Educational Broadcasting System:EBS)による英語教育専門チャンネルEBSeは、おうち英語の強力な助っ人になりそうな番組が目白押しですね。
英語熱 (English fever)とおうち英語
未就学児にも英語教育
これまでご紹介した論文では、1997年に英語が小学校3年生に必修化されて以降児童生徒への英語教育が過熱になったという説明でしたが、Choi先生グループは逆に韓国社会の英語熱(English feverもしくはearly English education frenzy)が小学校への英語教育導入に影響を与えたと指摘しています(Choi, Kim, Kiaer, & Morgan-Brown, 2020, p.2)。
英語熱は未就学児の幼稚園や保育園での英語教育も推し進め、平均週に1~2回、30分から40分の英語レッスンが導入されているようです(同, p.2)。
また、1日3時間から6時間英語のみでコミュニケーションをしている英語漬けの教育施設(English immersion institutions)の英語幼稚園(English Kindergartens)も人気で、他にも英語の家庭教師や放課後の英語プログラムに子どもを参加させている保護者も増えていると過熱ぶりを伝えています(同, p.2)。
おうち英語(Mommy English)が人気
Choi先生グループの論文では、ソウルや仁川など6都市14の幼稚園・保育園から159名の母子を対象に調査を行っています。ちなみに調査対象の母子は英語漬けの教育施設(English immersion institutions)の幼稚園・保育園には通っていず、通常の保育施設を利用しています。
調査結果によると、ほとんどの母親が「英語は子どもが小さいうちに導入するのがより効果的である」と述べ、母親が家庭でさまざまな教育方法を用いて子どもに直接的に英語を教えている実態を明らかにしています(同, p.5)。
言い換えれば、母親の英語に対する強い信念 (strong beliefs)が未就学児の英語教育に大きな影響を及ぼしていると指摘しています(同, p.2)。
加えてChoi先生グループは未就学児側の英語学習に対する意識にも注目していて、子どもが自発的に意欲的に学習することが未就学児の英語教育にとって重要と主張しています。強制的に早期英語教育に取り組まされた子どもの多くがその後言語学習に対する意欲を喪失(lost motivation)している調査結果を踏まえて、保護者が家庭で英語を教えたり子どもを励ましたりすることが外国への興味を引き出し、未就学児自身の英語学習への意識と正の相関を示すと報告しています(同, p.7)。
Choi先生グループは、調査対象家庭の保護者の学歴や月収が未就学児の英語体験の量と関連がある点も指摘していますが、それ以上に今「母親が(家庭で)英語を教える(Mommy English)」ことが望ましいという価値観が韓国において支配的であると述べています(同, p.8)。母親が幼児英語をさまざまな教育法を用いて教えることが、子どもの英語学習に対する不安を軽減する結果も出ています(同, p.9)。
おうち英語を助ける教材
Choi先生グループは、上記の調査結果から子ども自身が英語学習に対して積極的な姿勢をはぐくむために、従来型のオーディオやビデオも教材として活用しつつ、子どもにも操作が簡単で学習意欲を高めるアプリの導入を薦めています。
アプリをタブレット端末やパソコンで使用すると、刺激と反応の間隔が短いため子どもの注意を引きやすく、ネイティブ・イングリッシュ・スピーカーの発音をマネしやすいと述べています(同, p.2)。
また、Mommy Englishを「おうち英語」で行う保護者自身の英語習得トレーニングのために、適切な教育的なマテリアルの必要性も説いています(同, p.9)。
まとめ
韓国の英語熱の現状と社会問題にもなっている英語格差をふまえて、Choi先生グループは「おうち英語」(Mommy English)の効果に注目しています。
具体的には、 未就学児に対して「保護者が子どもに直接教え励ますこと」「さまざまな方法で実践的に英語に触れさせること」で子どもの英語学習に対する積極的な姿勢をはぐくめると述べています(Choi, Kim, Kiaer, & Morgan-Brown, 2020, p. 9)。
韓国のMommy Englishの人気を知ると、「おうち英語」における保護者の役割の重要性にあらためて気づいて、何をどうしたらいいのかなんだか心がざわつきますね。せめて、EBSeが提供するような放送媒体や正規の授業と連携した英語プログラムを「おうち英語」の素材として保護者が無料で利用できればありがたいのですが。
韓国の社会問題にもなっている子どもの早期留学の実態については、別の機会にブログ記事でご紹介出来ればと考えています。