韓国の早期英語留学は2011年以降減少傾向:3つの理由と更なる懸念

くぬぎちゃん

韓国ではお子様の留学が人気と聞きました。

どんぐりばぁば

ばぁばが以前住んでいた英語圏でも、お子様とお母様だけで留学されていらっしゃる韓国の方をたくさんお見掛けしました。

韓国の早期英語教育熱を扱ったブログ記事でも述べたように、韓国では「早期英語留学」が人気で、近年大きな社会問題になっているとさまざまな文献で指摘されています。

今回は、以前扱わなかった「早期英語留学」の人気と2011年以降の留学ブームの陰りについてみてみましょう。

Bae, S., & Park, J. S.-Y. (2020). Investing in the future: Korean early English education as neoliberal management of Youth. Multilingua, 39(3), 277–297. https://doi.org/10.1515/multi-2019-0009

Song, J. (2018). English just is not enough!: Neoliberalism, class, and children’s study abroad among Korean families. System, 73, 80–88. https://doi.org/10.1016/j.system.2017.10.007

仲川裕里、「韓国の早期英語留学の動向と現況」『専修大学人文科学研究所 人文科学年報』2015年45号 p.157-185

経済通産省、「第2節 アジア通貨危機後の韓国における構造改革」『経済通商白書 (HTLM版)』2014年

(順不同)

実は韓国では法律的に「初等学生(小学生)ならびに中学生の海外留学はそのほとんどが違法」となっています(仲川, 2015, p.163)。

「罰則規範はないため違反しても処罰を受けることはない」ので、「自費留学資格について規定があることを知らない親」も多く、2005年の国民意識調査では小学生と中学生の親御さんの80%、未就学児と高校生の保護者の79%が規定を知らないと回答しています(同, p.163)。

「違法」を言い換えれば、韓国政府としては、早期英語留学は「公教育に対する不満」の表れでもあり、望ましくないものとして受け止めているようです(同, p.158)。そのため、韓国政府はのちにご紹介するように早期英語留学に代わるさまざまな政策を近年打ち出しています。

目次

韓国の英語熱 (English fever)

英語熱を生み出す要因その1::儒教的バックグラウンド

韓国政府の思惑はさておき、早期英語留学人気を支える韓国国民の英語教育熱はよく知られています。

しかしながら「韓国では子どもの英語習得が大人気らしい」「有名な英語アプリも韓国発らしい」というぼんやりした印象はあるものの、社会問題になるほどなぜ英語学習に熱心に取り組んでいるかはピンときていませんでした。今回読んだいろいろな文献から、どうやらその英語熱を伝統的な儒教の教えが支えていることが見えてきました。

たとえば、仲川は「韓国人の『英語熱』は学問の習得が地位の獲得につながる」という儒教的な考えがバックグランドにあり、「(学問は)教養を高めるためだけでなく権力や地位を獲得する手段として伝統的に教育に価値が置かれ」た(韓国は)「教育にもとづいた強い階級意識によって高度に階層された社会」であると儒教の影響を指摘しています(仲川, 2015, p.170)。

このような儒教の土壌に西洋的な平等主義が導入されて、どのような出身階級であれ「良い教育を受け試験に受かれば」社会的に上昇できることが可能になって「教育熱」が芽生えたところに(仲川, 2015, p.171)、英語ができれば大学進学にも就職にも有利になるので、子どもの将来を見据えて、「人的資本(human capital)」としての市場価値をあげて差別化(branding)するために、英語を学ばせねばという「英語熱」に火が付いたと韓国の研究者は分析しています(Bae & Park, 2020, p.278)。

英語熱を生み出す要因その2:ネオリベラリズム(新自由主義)

この「勉強して試験にパスすれば」社会的地位が保証されるという儒教的思想に「英語」が加わった「英語熱」が顕著になったのは、1997年のアジア通貨危機の頃だったようです(Bae & Park, 2020, p.281)。

財政破綻してIMFに緊急融資を申請した韓国では企業の倒産があいつぎましたが、1998年半ばには他のアジア諸国に比べると経済の落ち込みから比較的早く回復傾向をみせました(経済産業省, 2014)。

Baeらによるとこの頃から「将来の市場で価値があると期待される特定の言語(英語)やコミュニケーション能力を身につけること」は「子どもの将来への投資」であり、ひいては「中産階級がその地位を次世代に継承する有効な手段」として子どもの英語教育に多額の資金をつぎ込むことになりました(Bae & Parks, 2020, p.281)。

英語習得が進学、就職に有利であると「英語の社会的価値」が認識された韓国社会に、1997年以降、英語は「社会的地位の指標」という価値観が加わったと仲川も指摘しています(仲川, 2015, p.172)。

BaeらやSongなど韓国の研究者も、このような中産階級の英語熱(English feverまたはEnglish frenzy)は個人主義と自由市場競争を謳う韓国教育市場の推すネオリベラリズム(新自由主義)と密接にかかわりがあると指摘しています(Song, 2018, p.81; Bae & Parks, 2020, p.283)。

この韓国教育市場のネオリベラリズム(新自由主義)とは、いったい何のことやらですが、大辞林によると新自由主義とは「政府の積極的な民間介入に反対するとともに、古典的なレッセーフェール(自由放任主義)をも排し、資本主義下の自由強調秩序を重んじる立場および考え方」だそうです。

ばぁばの勝手な解釈ですが、ざっくりいえば、「なんか国のお偉いさんは英語熱は行き過ぎだとか早期英語留学は控えようとか言っているけれど、今は自由競争の社会で、そこで生き残るためには、英語が大事よね!英語が出来れば入試も簡単にパスできるし、就職もたやすいし、私たち家族の社会での立ち位置も有利になるでしょう?」と韓国の親御さんは熱心に英語に取り組まれているということでしょうか。

1990年代:早期英語留学が大ブーム

1988年のソウルオリンピックと1994年の大学入試へのリスニング導入

「英語熱」によって韓国の保護者が子どもを英会話教室や英語塾に通わせるようになり、英語教育に多額の費用を掛けるようになりました(仲川, 2015, p.171)。

なかでも小さい子どもにも英語を習わせるようになる「早期英語教育」が始まったのは1988年のソウルオリンピックあたりと指摘されています(同, p.171)。

国際大会を経験してグローバル化が進む中で経済を成長させるために、国際語としての英語の重要性が保護者の注目を集めるようになったようです。

1991年には「1994年から大学入試にリスニングを導入」することも発表されました(同, p.171)。このことが、音の認識に柔軟な幼児期にネイティブ・イングリッシュ・スピーカーの発音に子どもを触れさせたほうがいいのではという保護者の危機感を煽ることにもなりました(Bae & Park, 2020, p.280)。

1997年の初等教育への英語正規科目導入とアジア危機

1994年のWTOへの参加が決定打となって、「経済のグローバル化(segyehwa)に英語が欠かせない」(Bae & Park, 2020, p.280)ことから国際語としての英語の重要性がいよいよ認識され、1997年には小学校の第3学年に正式科目として導入されて段階的に必修化されることになりました。

Baeらによると、小学校の正規の科目を「本流(mainstream)」とすると、「影(shadows)」である家庭教師や塾などの英語産業はますます盛んになり、個別指導やグループでの教室などでの英語教室や英語オンリーの幼稚園などに保護者は多額の費用を支払うようになりました(Bae & Park, 2020, p.280)。

以前から韓国の教育熱はすさまじく、1980年には政府が正規教育以外の塾など上記の「影」にあたる私塾や家庭教師を禁止したほどですが、1989年からは禁止は緩和されて2000年には日本の最高裁にあたる憲法裁判所が「(家庭教師や塾などの)私教育の禁止は国民が受ける教育を妨げる」と判断を示し、「影」の英語産業は裏活動することなく大手を振って子ども達に教えることが出来るようになりました(仲川, 2015, p.170)。

早期英語教育が盛んになった1997年は、前述したように韓国がIMFに緊急融資を申請した年でもありますが、中産階級は「影」の英語私塾に子ども達を送り込んで英語習得に注力していました。

一方で、WTOに韓国が参加した1994年前後から富裕層の子弟の留学はほそぼそと始まってはいましたが、国内経済状況にかんがみて国外脱出も視野にいれ、英語圏に子どもを積極的に早期英語留学をさせる余裕のある保護者も増え始めました(仲川, 2015, p.171)。

1999年以降の爆発的早期英語留学ブームとあっせん業者(留学院)

アジア金融危機から経済が回復傾向を見せ始めた1999年には、早期英語留学は富裕層以外にも広がって、米国、アジア圏(フィリピン、シンガポール、マレーシア)、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、英国などに早期英語留学する子どもの数が爆発的に増えました(仲川, 2015, p.172)。

とりわけ、比較的安価な留学先であるアジア圏(フィリピン、シンガポール、マレーシア)が選択肢に入ったことが、中産階級の早期英語留学を後押ししたとされています(同, p.172)。

早期英語留学の人数は、小学生の場合、1995年には235名だったのが、2006年は60倍に近い13,814名になり大ブームとなりました(同, p.172)。また、高校生以下の早期英語留学の全体数は2006年には実に29,511名にもなっています(同, p.173)。

この中産階級が「国際人を目指す懸命の努力(cosmopolitan striving)」をし始めたのは、留学をあっせんする業者(留学院)の存在があったからと指摘されています(同, p. 172)。これまで自力で行わなければならなかった煩雑な手続きや現地でのサポートを留学院が担うことで、英語に堪能でない保護者であっても子どもをホームスティやボーディングスクールに送り込んだり、親子で早期英語留学が簡単に出来るようになりました

早期英語留学の問題点

一方で、韓国政府はこの早期英語留学ブームに懸念を示していました。国内の英語政策に対する不満が早期英語留学ブームを支えていると考えられていたからです(仲川, 2015, p.158)。

早期英語留学が私教育費の増大を招き、家族がバラバラになることで起きるさまざまな問題、たとえば父親が韓国に残って母子の留学サポートをする「(渡り鳥の)雁のお父さん」(literally “goose dad”=gireogi appa キロギ・アッパ)をめぐる悲惨な状況などが大きな社会問題となったのはよく知られています。

韓国のマスコミも批判的に家族の分居問題を報道しました(仲川, 2015, p.173)が、早期英語留学ブームはその後もしばらく続くことになります。

2011年以降:早期英語留学ブームの陰り(3つの理由と懸念)

大ブームだった早期英語教育ですが意外にも2011年あたりから留学する子どもの数は減少しはじめました。仲川によると、2006年に29,511名だった早期英語留学の人数は、2011年には16,515名、翌年2012年にはさらに減って14,340名となっています(同, p.173)。

経済が堅調な中、なぜ早期英語留学ブームに陰りが見え始めたのでしょうか。

理由1:早期英語留学は費用対効果が期待を下回る?

早期英語留学ブームの陰りにはさまざまな要因が指摘されていますが、Songが早期英語留学をした二組の子どもと母親に行ったインタビューによると、ひと言でいえば「費用対効果が期待を下回って失望」ということなりそうです(Song, 2018, p.85)。

Songの論文のタイトルの一部でもある「英語だけじゃダメなんです!」(“English just is not enough!” )は長期間にわたって複数回行われたインタビューから拾った母親の嘆きで、費用面でも大変だった早期英語留学をなんとか終えたのに、帰国後に良い学校への入学(のちに述べる国際高等学校のこと)も出来ず、なんのために留学したのか分からない」と落胆しています(同, p.86)。

2011年は早期英語留学ブームの第一世代が帰国して大学入試にチャレンジした年でもありますが、残念ながら大学修学能力試験(日本の大学入学共通テスト)においては、英語科目の成績上位者は早期英語留学をしていない生徒の方がしている生徒の4倍多い結果となりました(仲川, 2015, p.176)。

大学入試の結果以外にもBaeやSong、仲川が指摘する「早期英語留学」の費用対効果が低いポイントを以下にまとめてみます。早期英語留学から戻った子どもや母親のインタビューから拾った意見なので、あくまで「個人の感想」であることをご理解ください。

  • 帰国後の英語保持が難しい:小さいお子さんの場合、韓国内での英語保持にも多額に費用と手間がかかる。
  • 留学先での韓国語の保持が大変:留学が長期間になり大学進学までになると韓国語の保持は困難。
  • 帰国後の韓国の学校への適応が難しい:一部の児童・生徒は韓国語が流暢ではなく韓国社会の規範を知らないため、韓国の学校生活になじむのに時間が掛かる。また、なじめない場合もある。
  • 韓国の名門中学や高校への進学に必ずしも有利でない:英語が流暢に話せても文法など試験の点数が芳しくなく良い結果が残せない。早期英語留学から帰国した児童生徒の数が多く、その中での戦いは熾烈。
  • 就職に有利にならない:北米の名門大学にたとえ留学してもビザの関係で現地の企業への就職は難しい。韓国に戻って就職しようにも、国内の有名大学出身者の方が優先される。韓国内の外資系企業はむしろ韓国内の情勢に精通した国内大学出身者を優遇する。
  • 留学先での出来事が人格形成に悪影響を及ぼす場合がある:留学先の韓国系移民を見下すなど現地のローカル・コミュニティと軋轢が生じたり、富裕層の自分達の方がcoolだなど態度が悪くなる児童生徒がいる。保護者も児童生徒の行動のすべてを把握しきれない。
  • 韓国社会では、英語だけ出来ても不十分:韓国では進学・就職に語学力以外の点がポイントなる場合が多々ある。英語よりも重視される何か、たとえば所属する階級(class position)の方が韓国社会では大切なのではと思う瞬間がある。

理由2:国際中学校・国際高等学校などの韓国国内の環境整備

以前のブログ記事でも取り上げましたが、韓国政府は英語格差(English divide)解消のために、5つの政策(イングリッシュ・ビレッジの設立、夏休み英語キャンプの開設、放課後学校の開設、大学入試に向けた専門チャンネルの設立、英語専門テレビチャンネルの開設)を打ち出しています。

同様に、問題視している英語早期留学への対応策として、韓国国内で英語圏へ早期英語留学するのと同じような学習体験ができる環境づくりに腐心しています(仲川, 2015, p.176)。

その代表格が「国際中学校・国際高等学校」の設立で、グローバルに活躍し情報化社会をリードする人材育成のために大部分の授業を英語のみで行っています。仲川によると2015年時に国際中学校は全国に4校、国際高等学校は7校設立されています(同, p.177)。

理由3:韓国政府による海外の教育機関の誘致政策

英語留学に匹敵する国内環境づくりの第二弾として、韓国政府は積極的に海外の名門校の誘致にも努めています(仲川, 2015, p.177)。以下は仲川の論文からの抜粋です。

  • 仁川自由経済区域(Inchon Free Economic Zone):ニューヨーク州立大学、ジョージメイソン大学、ユタ大学、ゲント大学(ベルギー)など10校の分校開設予定
  • 済州英語教育都市(Jeju English Education City):ノース・ロンドン・カレッジ・エイトスクール(英国女子校の幼稚園から高校)、ブランクサム・ホール(カナダの幼稚園から高校。小3まで共学、それ以上は女子校)など12校開設予定

更なる懸念:階級格差の固定化と留学院のターゲットの変化

2011年以降、早期英語留学の費用対効果の低下や、国内における同様の教育機会の選択肢が提供されるなどもあり、早期英語留学の人数は減少しています。

一方で、以前と変わらず富裕層は子弟を早期英語留学させるなど、階層格差の固定化につながるのではというあらたな社会問題が懸念されています(仲川, 2015, p.180)。

また、中産階級の早期英語留学ブームが去ると新規の児童生徒の留学生が見込めないため、北米などの留学あっせん業者(留学院)の中にはターゲットを韓国人の児童生徒から、日本人、中東からの留学生、韓国人のワーキングホリデーの若者に変えるところもでてきているようです(仲川, 2015、p.178)。

まとめと感想

英語熱に翻弄される韓国で、早期英語留学が大ブームとなりその後人気が落ちてくるまでを今回は簡単にまとめてみました。

中産階級の早期英語留学を推し進める陰の立役者であった留学あっせん業者(留学院)が、今ターゲットを日本人にしているというのは初耳でした。

韓国で起きたまざまな出来事は想像をはるかに超えていて、非英語圏の民にとって「英語とはなんぞや」と考えさせられました。

英語をツールととらえるのか、英語習得そのものを目的にするのか、あるいは英語はほんの足がかりと考えるのか、英語はできて当たり前なのか、英語が国際人への窓口になるのか、いや英語だけ出来ても全然なのか、英語は日常そのものなのか、「英語」への向き合い方は人それぞれ、同じ「英語」を対象にしていても話がずれがちなのもさもありなんです。

お子さまに英語を習得する機会の一つとして留学をお考えの方は、今回の早期英語留学の費用対効果に関する韓国の方々の率直なコメントが参考になるのではないでしょうか。

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